
インハウスの実態
四大法律事務所からアクセンチュア、そしてテスラへ――多様な経験が導いたキャリア像
Tesla Japan合同会社/松下法律事務所
弁護士
稲井 宏紀
今回は、Tesla Japan合同会社(以下、テスラ)でインハウスローヤーとして活躍しながら松下法律事務所にも所属し、その両立を実現している稲井宏紀弁護士にお話を伺いました。
大手から独立系法律事務所、そしてインハウスへと、常に自身の可能性を追求し、新たな挑戦を続けてきた稲井弁護士。そのキャリアの軌跡や、これからの弁護士に求められる資質、そして人生の大きな決断を下す際に稲井先生が大切にしていることについて、深く掘り下げます。
四大法律事務所からインハウスローヤーへ

Tesla Japan合同会社/松下法律事務所 稲井 宏紀 様
まずは自己紹介をお願いします。
弁護士の稲井宏紀です。中央大学法学部の在学4年次に司法試験予備試験に合格して、ロースクールに行かずにそのまま大学を卒業しました。
大学卒業直後の司法試験に合格し、67期司法修習を終えて、まずはアンダーソン・毛利・友常法律事務所でキャリアをスタートしました。その後、高井&パートナーズ法律事務所(現・TXL法律事務所)に移籍し、法律事務所では約5年間執務しました。
その後インハウスに転向し、まずはアクセンチュアの法務部に入り、「Geographic Compliance & Corporate」というチームで約3年間働きまして、その後テスラに移りました。
現在はご紹介いただいた通り、テスラに勤めながら松下法律事務所にも所属しています。
弁護士にも企業法務や一般民事など色々ありますが、もともとどのような弁護士像を目指していらっしゃいましたか?
弁護士を目指し始めたのは、実は中学生の時なんです。
ですから具体的なイメージは全く持っていなくて、ただ弁護士になりたいと漠然と言い続けていました。
大学に入って勉強を始めて、いろんな法曹の方々とコミュニケーションを取っていくうちに、弁護士がいいかなと何となく思い始めました。
大学3年生の時にとある有名な先生の会社法ゼミに入って勉強していく中で企業法務に惹かれ、企業法務を取り扱う弁護士になりたいと思うようになったんです。
弁護士になってからのファーストキャリアは、アンダーソン・毛利・友常法律事務所でしたね。こちらにいらっしゃったのはどのくらいの期間ですか?
1年と半年くらいで辞めてしまいました。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所は、当時いわゆるセクション制がなくて、いろんな分野のパートナーからアソシエイトは仕事をもらうことができました。本当にあらゆる分野のパートナーから仕事が降ってきていましたね。
私はM&Aと、あとはキャピタルマーケット、不正調査、ジェネラルコーポレート、紛争などの仕事をいただいていました。
その後高井&パートナーズ法律事務所に移られたのですね。設立して間もない事務所でしたよね?
実は、まさに立ち上げる瞬間に入りました。
立ち上げ期に加わるというのはあまりない経験だと思いますが、どのようなご縁があったのですか?
ヘッドハンターのご紹介でした。
かなりタイミングが良いところで繋いでいただいたので、代表の高井弁護士とお話しさせてもらって、「合うね」と。
我々の考え方が一致したので、事務所設立の段階からジョインしましょうということで、これもほぼ即決でした。
大手法律事務所と事務所立ち上げを経験して見えたこと
企業法務をやりたいと思ってまだ1年半ですよね。アンダーソン・毛利・友常法律事務所では「もう少しここでやってみよう」とは思わなかったですか?
確かにそう思った部分もありましたね。
ただ、高井弁護士も長島・大野・常松法律事務所の出身ですし、業務分野もそこまで変わるものではなかったので、思い切って飛び込んでみようと決意しました。
やはり事務所の立ち上げを人生で何回経験できるかというと、めったにないことです。
今でも覚えているのですが、「ここが事務所になる予定だよ」と紹介されたところが何も入っていなかったんです。会議室のセクションも分かれていなくて、ただの広々とした空間でした。
ここに今から事務所を作るという話を聞き、「こういうところに自分は行くんだな」と思ってとてもワクワクした記憶があります。
どのようなことをやる予定の事務所だったのですか?
プラクティスとしては、高井弁護士自身が得意としているM&Aと、ジェネラルコーポレートが中心となるような事務所でした。
規模の面ではかなり振れ幅がある両方を経験されていると思いますが、それぞれの違いや良かった点はどんなところにあるのか、ぜひ聞きたいです。
いわゆる大きい事務所、四大事務所の一つに勤めることの良い点について言うと、仕事のクオリティに対する目線がかなり高いところに設定されるというところですね。
パートナーももちろんそうですし、アソシエイトも頑張って日々良い成果物を出そうと働いていらっしゃるので、そこに食らいついていくことで高い目線が設定されます。
これはもうオートマティック、自然にそのレベルに達しようと成長していくところが一番のメリットだと思います。
その後インハウスに転向しようが他の事務所に移籍しようが、ずっとその目線感は失われずに保たれていくと思うので、キャリアにかなり大きな影響を与えるものだと思っています。
小さい事務所に入ることの良さは、自分なりに創意工夫して動く余地がかなり出てくることですね。むしろそれが求められているというところもあると思います。
こういう風にしてみてはどうですかと提案をしてみたり、実際にその提案が通れば自分なりに考えて行動を起こしてみたり、という面白さがあります。
同じ2年目でも動き方が変わった感じがありましたか?
変わる部分と変わらない部分がありました。
アンダーソン・毛利・友常時代に取り扱っていたような分野の案件を高井&パートナーズでもやっていたので、そういった意味では日々の業務はあまり変わりませんでしたね。
ただ、それ以外のチャレンジする部分については、かなり自分にも裁量があるし、どんどんチャレンジしていくことができました。
法律事務所で弁護士として執務される中で、そういう経験やチャレンジもされてきたと思いますが、これは「やっちゃったな」という失敗のようなものもあるのでしょうか?
ありますね。
アンダーソン・毛利・友常時代のことですが、私は入所する際には「何でもできます、何時間でも働けます、頑張ります」みたいな体育会系の人間だと自負して入ったんです。
ところが蓋を開けてみたらかなり繊細な方で、ちゃんと生活リズムを保たないと使い物にならなくなってしまう人間だと発覚しました。
それにもかかわらず、自分で無理をして案件をたくさん引き受けてしまった結果、パンクしてしまって。それはもう手痛い失敗で、多くの人に迷惑をかけてしまいました。今でも恥ずかしくて夢にも出るくらいです。
法律事務所での経験で、今でも生きているなと思うものがあれば教えてほしいです。
やはりM&Aをやっていて良かったと思うことがたくさんありますね。
M&Aではデューデリジェンスをしますが、様々な業界の様々な規模の企業を見ることになります。そうすると自然と相場感も身につきますし、例えば賃貸借契約だったら「こんな感じだよね世の中」といった見方ができてきます。
それによって契約書のレビューの依頼が来た時に、パッと賃貸借契約を見て「変なところあるよね、ないよね」というのが感覚的に分かるようになります。
そういった形で普段の細々とした業務の処理に生きる部分が多いので、早めにM&Aをたくさんやっていてよかったなと思いますね。
若手の弁護士は自分の専門性をどこに置くのがいいんだろう、と結構考えている方が多い気がします。稲井先生は法律事務所時代に、自分の専門性をどうしようと考えていましたか?
自分で考えて選び取っていくというよりは、私の場合は自然にM&Aとジェネラルコーポレートが軸になるんだろうなとは思っていました。
今までやってきた案件の性質上、そうなってくるだろうな、というような感じですね。
高井&パートナーズで仕事している時は、その後のキャリアについてどういうイメージを抱いていましたか?
その当時はその事務所でひたすら頑張っていこうと、ただそれだけしか考えていなくて。目の前の案件をしっかりやって、ちゃんとクライアントに価値を返そうと全力でやっていました。
M&A以外の顧問業務も任せてもらっていた部分があったので、事務所からの期待もそうですし、クライアントからの期待にも応えようと思って一生懸命ひたすらやっていました。
事業に伴走する顧問業務に見出した喜び

外資系企業では英語力は必須……だが、入社時の稲井弁護士は英語で苦労したという。
2019年にはアクセンチュアに入社されていますが、どういう背景があったのでしょうか?
先ほど少し言及した顧問業務をやっていく中で、日々のオペレーションをサポートしたいと感じるようになりました。
顧問業務に対して、M&Aって1ヶ月ぐらいでバーッとデューデリジェンスをやって、その後契約書を交わしてプロジェクトが終わるという、一回盛り上がってバッと終わってしまうお祭りみたいな案件なんです。
それはちょっと寂しいなと。
それよりも日々クライアントの業務に張り付いた形でのサポートでは、小さい成果と小さい喜びが積み重なっていくところが結構性に合うと思いました。
もう一つ大きなきっかけとして子供が生まれたことがありました。それでワークライフバランスを考えると一度インハウスに行くのもいいんじゃないかと。
多くの企業の選択肢がある中で、なぜアクセンチュアを選択されたのですか?
もともと外資を中心に検討はしていました。日系企業も候補にあったのですが、正直なところ給与が見合わなかったんです。
またそれまでの業務で多少英語を使っていたので、インハウスになった瞬間にあまり英語を使わないのはちょっと寂しいという気持ちもありました。
英語を使えるところとなると選択肢が狭まってきて、結局アクセンチュアが面白そうだな、ということで決めました。
アンダーソン・毛利・友常法律事務所や高井&パートナーズ法律事務所では、英語はどうでしたか?
アンダーソン・毛利・友常法律事務所ではかなり英語に触れていましたが、高井&パートナーズ法律事務所に移籍してからはあまり英語を使う機会がありませんでした。それでインハウスになるのであれば、もうちょっと英語を増やしたいなと。
ただ自分一人で英語で業務を回すには実力が足りないとも思っていたので、アクセンチュアがちょうど良かったんです。
外資系企業って「英語バリバリ使ってます」という方でないと難しいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、必ずしもそうではないと。
企業にもよると思うのですが、少なくとも私は全然できませんでした(笑)。
できないまま気合で飛び込んだのが正直なところですね。入ってしまえばあとはもう自分次第だから、と自分に発破をかけました。
実際に入ってみて、英語に関してどうでしたか?
辛かったですね。
日常的に英語を使って業務を行うので厳しかったですが、頑張って読み書きしてなんとか食らいついていました。
法律事務所とインハウスローヤーの働き方は、どのような点に違いがあると思いますか。
インハウスの方が、一人で一つの案件を担当させてもらえるケースがかなり多いとは感じました。
やはり大規模な法律事務所だとパートナーがいて、シニアアソシエイトがいて、ジュニアアソシエイトがいて、と階層式になっていて複数人で案件を担当します。
成果物が出る前にパートナーが見ることが多いので自分の仕事を誰かがレビューしてくれる状態になるわけですが、インハウスでは「この仕事は君が一人で担当してよ」という状況も多くなると思います。
これは大きなプレッシャーがあります。事業側と直接一人で会議をして、そこで私が「いいよ」と言えばそのまま会社の方向性が決まってしまうわけですからね。これでいいのかと悩むことも珍しくありません。
やりがいや面白みにもつながりそうですね。
表裏一体だと思っています。
自分でコントロールできるところの喜びというか、エキサイティングな部分もありながら、自分で決めたことなので最後は自分で責任を取るんだ、というところのプレッシャーと、両面合わせ持っていますね。
スペシャリストよりもジェネラリストを目指した
アクセンチュアからテスラへは、どういうきっかけで移られたのですか?
もともとアクセンチュアの法務部で、日本法の専門家としてコンプライアンスを所管するほか、株主総会や取締役会といった会社法回りの手続きだとか、M&Aの法人付け替えとかをやっているチームにいました。そこでは扱っている分野がかなり狭かったですね。
居心地は良かったので、できることならこのチームでずっと働いていたかったのですが、自分の将来を見据えた時にもっと一人で何でもこなすことが求められる組織があるんじゃないかと考えました。それで転職活動を始めたところ、ちょうどテスラが見つかったので入社しました。
ご自身のキャリアについて具体的なビジョンやイメージがあったのですか?
自分の可能性を狭めたくなかったというか、何かのスペシャリストになるよりは、ジェネラリストを目指していました。
インハウスローヤーとして生きていくのであれば、人事労務も多少は触れるよねとか、M&Aが来たら当然捌けるし、訴訟紛争も社外の弁護士と協力してそれなりにハンドルできるよね、という状態にしておきたかったというところですね。
アクセンチュアで働く中でそういうイメージが形作られていったのですか?
そうですね。入社当初はただひたすら目の前にある仕事を一生懸命やっていました。その中で次第に「あれ、このままだと若干取り扱い範囲が狭くなるな」と気づいて。
当然、会社には様々な業務が存在するんですが違うチームが完全に担っている部分があり、組織としては効率的でも個人としては長期的に見て自分が理想とするような範囲では経験が積めないままだなと感じました。
そうすると早めに転職したほうがこの先何十年と続くキャリアを考えると、いい選択なのかなと思ったんです。かなり迷いましたが、最後は自分の直感に従いました。
アクセンチュアもテスラも外資系企業ですよね。同じ外資系の会社の法務といっても違いはあるものなのですか?
会社のカルチャーにかなり引っ張られるかなと思いますね。
会社の目指す方向性やアグレッシブさによって、法務のあり方やアドバイスの仕方がかなり変わります。これは外資か国内かは関係なく、会社によって違う部分です。
インハウスローヤーというと、ワークライフバランスが事務所弁護士よりいいというイメージがあります。両方経験されている身からするといかがですか?
たしかにそれは一つの大きな魅力ですよね。やはり一般的にインハウスの方がワークライフバランスを保ちやすいのは事実かなと。
ワークライフバランス以外の魅力はどういった部分でしょうか。
ビジネスにかなり近いところで伴走できるのはかなり魅力的ですね。
事業領域のメンバーと同じ目線で悩んでソリューションを出して、「これならいけるんじゃないか」「でもこれじゃダメだ」みたいな議論をたくさんして、最後「これでいこうよ」と良い解決策が見つかった時はとても快感です。
内部の人間として一緒に汗をかいて作り上げていくからこそ味わえる魅力ですね。
トムソン・ロイター社が主催しているALB Japan Law Awardsのインハウス部門でファイナリストに選出されていましたよね。
選出されたんだ、とびっくりしました。純粋に驚きですね。
急に連絡が来るのですか?
そうですね、選出されましたという連絡をいただいて。「なんで私が選出されたんだろう」と思いましたが(笑)。もちろん嬉しいのですが、驚きが9割くらいでしたね。
誰でも応募できるのでしょうか?
詳しいことは分かりませんが、私の場合はある日突然ALBの方から「もしよければ応募しませんか」と連絡が来たので簡単に私がどういう人間なのかを書いて応募しました。
しばらくして「おめでとうございます、ファイナリストになりました」と。判断過程はよくわかりません。
通常の業務のほかに大学で非常勤講師をしていたり英語でちょっとコラムを書いていたりするので、そういう部分も見られているのかもしれません。
法律事務所の皆さんはたくさん記事を書かれたりすると思いますが、インハウスになってまで外部に記事を出したりという方はそこまで多くないと思うので、そういうところは着目されたかなとは思います。
「事務所かインハウスか」という悩みはもう古い?

「法律事務所」「インハウス」と弁護士としての活動領域をひとつに定めることはナンセンスではないかと稲井弁護士は語る。
テスラでインハウスとしてやってらっしゃると同時に、松下法律事務所にも在籍されていますよね。
はい、2025年の3月から在籍しています。
事務所の名前にもなっている松下弁護士が独立するんだと私に話してくれた際、「一人で立ち上げるんだけど、人手が足りない」と言っていたので、限られた時間ではあるけれど手伝える部分は手伝うことにしたんです。
私も法律事務所でも案件をやりたいと思っていたので、「じゃあ一緒にやりましょう」ということで。
松下先生とお知り合いだったのですか?
そうですね。たしか弁護士2~3年目ぐらいで知り合いました。
彼の「兄弁」が私の修習同期で、そのつながりで何回か会食でご一緒する機会もあり、とても優秀な弁護士だなと思っていました。
インハウスで働きながら事務所にも籍を置いている方が増えてきている印象があります。
そうですね、私の知り合いにもいらっしゃいますね。
以前のように事務所の弁護士かインハウスかという二元論が主流ではなくなってきているように思います。
そうですね。そこで境界線を明確に引くのもナンセンスかなと思っています。
事務所での業務がインハウスの仕事にも活きますし、逆にインハウスで経験した社内の力学を分かった上で事務所の弁護士として案件を進めることもできます。ですから相乗効果というか、相互に良い効果が出てくると思います。
そういったメリットがありますから、どちらか一方しか選べないとしたら弁護士としての幅を自ら制限してしまうことになり非常にもったいないですよね。
どちらかだけではなくどちらもというのが、今の時代の最良の選択かなと私は思います。
しかし、どうやって両立しているのだろうという素朴な疑問があります。
私の場合はかなり法律事務所の仕事を絞っています。もともとあまり時間を割けない、という前提でジョインしているため、どこまで松下弁護士をサポートできるかという視点で頑張っています。
メインはテスラのインハウスとしての仕事ですから、空いた時間でどこまで自分の時間を有効活用して価値を最大化できるかに注力しています。
大きな意思決定は「直感」に従う
稲井先生が大きな意思決定をする時に大事にしているのはどのようなことでしょうか?
自分の直感を信じるということです。直感に従って即決です。
私、運が良いんです。社会人になる前から様々な選択をしていますが、一つも大きな間違いをしたことがありません。どの選択でもとてもいい結果につながってきたので、自分の直感に従うのが一番いいよねと。
もちろんある程度の情報収集はするのですが、ベースとして「これでいいよね」となったら、あとは「大失敗しないのであればいいや」という感じで。
判断を他人に任せたり、周りの目を気にして「世間的にはこっちが正解だよね」という形で選んでしまったりすると、自分の意思がないので後悔しやすいと思います。
全て自分の心に従って、自分で責任を取って、「この道で頑張るんだ」と全速力でやって自分自身のキャリアを掴み取っていけばいいのかなと思います。
稲井先生のキャリアの中でターニングポイントはありますか?
アンダーソン・毛利・友常法律事務所にいた時、証券発行のお手伝いをしていて、ある企業の担当役員と直接コミュニケーションを取らせていただいていました。
案件が終わった後に、パートナーと私と、その担当役員の方の3人でミーティングがあったんです。
お客様はおおむねパートナーしか見ていなくて、パートナーに対して「ありがとうございました、先生」と言って終わるのが普通です。
しかしその担当役員の方は、直接コミュニケーションを取っていた私の方を向いて、「稲井先生、この度はどうもありがとうございました」とおっしゃったんです。それが弁護士になって初めて面と向かって直接お客様からいただいた感謝の言葉でした。
それがとても嬉しくて。
表向き私がクライアントとコミュニケーションを取っているけれども、裏でパートナーが全部監督してくれているからこの案件が無事終わったんだということは分かった上で、それでも新米弁護士の私にちゃんと目を見て感謝を述べてくださって。パートナーはパートナーで私にある程度のところを任せてくれましたしね。お二人に感謝です。
その経験が忘れられないものになったからこそ、「どのお客さんに対しても頑張ろう」という気持ちで今でも走り続けられているかなと思っています。
インハウスローヤーならクライアントは社内にいますが、社内でも良い仕事をすればきちんと感謝されますし、内部でいろんな部署の方々と関わります。お褒めの言葉をいただくと嬉しいのは変わりませんし、とてもやりがいがあります。
これからの弁護士に求められるもの
今後、弁護士のニーズはどのように変化するとお考えですか?
弁護士のニーズはこれからも増えていくだろうなと思います。新たな法律がたくさん生まれるでしょうし、その内容も複雑化していくと思います。
例えば個人情報保護法一つとっても、最初はものすごく簡素な法律でしたが今となっては非常に難解で分量の多い法律になっています。
それと似たようなことがあらゆる分野で起こっていくのではないでしょうか。その各分野を専門にした法律家としての役割が弁護士に求められるようになるはずです。
ただ一方で、生き残っていける弁護士という意味では少なくなっていくように思います。AIをはじめ技術発展で業務を以前より短い時間でこなせるようになったら、「この弁護士に依頼をしたい」と思ってもらうことが重要になります。
つまり人間的に魅力のある人、頼りがいのある人、そういう弁護士に依頼が集中していくのではないかと思います。
情報を出すのはAIがやるとして、それをどう咀嚼してお客さんにデリバリーしていくのかとか、企業の戦略に合った形でアドバイスできるのかとか。
あとはコミュニケーションの仕方ですよね。キャラクターといったらチープかもしれないですが、それが大きな違いを生むのだと思います。
そういう時代に若手の弁護士は何を意識し、大事にするべきだと思いますか?
コミュニケーション力ですね。大胆さ、ポジティブさ、そういうところを磨いていくことだと思います。
弁護士はどこまでいってもサービス業です。法律業界以外のあらゆる接客業の方々の働き方やコミュニケーションの取り方が非常に参考になります。
インハウスで働いていても、コミュニケーション力は培われますよ。組織の中で信頼してもらわないとうまく仕事が回りませんから、ちゃんと社内の人とコミュニケーションを取って円滑にやっていく能力が高められると思います。
弁護士のキャリア構築のために重要だと思うことはなんでしょうか。
自分がその業界でどこにポジションを取るのかが非常に大事です。
大多数の人と同じような場所で競争を勝ち抜いていくのも一つの選択ではあるのですが、それだとどうしても苦しくなってくるし、自分だけの強みは見出しにくいでしょう。
大それたことをする必要はないと思うのですが、大多数の人が行く道から若干ずらして自分の戦うフィールドを自分で作ってしまうといいのではないでしょうか。
人と違うポジションを取っているとオリジナリティが出てきます。カラーが出ると面白い話が来ることもありますし、どんどん幸運が舞い込んでくるという、自分の運を高める要素になるのではないでしょうか。
未来へ広がる弁護士像 若手弁護士へのメッセージ

自分が携わる範囲をどこまで広げていけるかに挑戦している稲井弁護士。弁護士資格に囚われず、様々な領域で活躍していきたい。
稲井先生がこれからどういう方向を目指していこうと思っているのかを教えてください。
日々目の前のことを一生懸命やっていく。何か面白い話をいただけたら、それも頑張っていくと。「何足のわらじを一度に履けるのか」にチャレンジしていく、というような感じですね。積み上げていくというよりは広がっていくようなイメージを持っています。
ここまで来るとあまり自分を弁護士だと定義するのも違うかなと思うんです。
インハウスローヤーってほとんどビジネスパーソンですし、資格の概念に縛られない形で活動していく中で、面白いものをどんどん掴み取っていきたいです。
最後に自身のキャリア構築を目指す弁護士やリーガルパーソンに向けてメッセージをお願いします。
基本的な情報収集は必要ですし大事ですが、他人任せにせず、世の中の目を気にせず、自分の直感に従ってキャリアを選択していけば必ず幸運が訪れると私は思っています。
ポジション取り、頑張ってください。
動画:アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経験しテスラの企業内弁護士へ

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