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「メーカー法務はまるで日本の縮図」YKK APリーガルカウンセルが語るインハウスローヤーの役割
YKK AP株式会社
専門役員 リーガルカウンセル/法務・知的財産部 コンプライアンス推進室/弁護士
石井 隼平 様
法律を「実装」する——。YKK AP株式会社(以下、YKK AP)でリーガルカウンセルを務める石井隼平様は、インハウスの仕事をそう表現します。
司法修習後にYKK株式会社(以下、YKK)へ入社。YKK APへの転籍、国土交通省への出向、UCバークレーへの留学を経て現職へ。YKKグループとして創業90年を超える伝統的なメーカーの法務・コンプライアンスを牽引してきた石井様は、2025年度、JILA(日本組織内弁護士協会)のインハウス・リーガル・アワードを初応募・初受賞しました。
窓から始まり、ヘルスケアや建材一体型太陽光発電まで拡大を続けるYKK APの事業を支えながら、組織風土改革やAI活用にも果敢に挑む石井様に、インハウスという仕事の醍醐味とこれからのキャリア論を聞きました。
本記事では伺ったお話から一部を抜粋して紹介いたしました。インタビューの全編を収めた完全版動画は弊社メールマガジンへのご登録者限定でご提供しております。
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窓からヘルスケアまで YKK APの法務が担う広大な領域

YKK AP株式会社 専門役員 リーガルカウンセル/法務・知的財産部 コンプライアンス推進室/弁護士 石井 隼平 様
はじめに、石井様のご経歴を簡単に教えていただけますか。
63期で司法修習を終えた後、2011年にYKKに入社。その後YKK APに転籍しました。
途中、国土交通省住宅局住宅生産課に官民交流という形で2年7か月出向した後にYKK APへ戻り、さらにUCバークレーへの留学と現地法律事務所での研修を経て、戻ってきました。今は専門役員リーガルカウンセルとコンプライアンス推進担当を兼務しています。
国土交通省への出向や海外留学など、インハウスとしてはなかなか珍しいご経歴だと思います。そうした経験が今の仕事にも活きているのでしょうか。
そうですね。官民交流では行政の視点でものを見る経験ができましたし、留学では海外の法律実務に直接触れられました。
インハウスの仕事は会社のことを深く理解していることが大前提ですが、そこに外の視点が加わることで、より立体的に物事を考えられるようになった気がしています。
現在のミッションについても教えていただけますか。
リーガルカウンセルとコンプライアンス推進室長を兼務していますが、現在の主な業務はコンプライアンス側です。内部通報の対応、コンプライアンス教育、法改正への対応といったところがメインになっています。
2020年にYKK APが海外子会社を直接管理する形に組織再編されたことで、海外も含めたコンプライアンス体制の整備が新たな課題として加わりました。やるべきことは増えていますが、その分やりがいも大きいですね。
法務組織の概要についても教えていただけますか。
法務・知的財産部の中に法務グループとコンプライアンス推進室があり、合わせて10名強で構成されています。そのうち社内弁護士は私を含めて2名です。年齢層は比較的若く、40代以下のメンバーが多いですね。
扱う事業領域もかなり幅広いと伺っています。
仰る通りです。窓やエクステリアといった建築資材にとどまらず、都市緑化事業、ヘルスケア、建材一体型太陽光発電と、近年は新規事業が続々と立ち上がっています。
事業の幅が広がるにつれて、法務として対応しなければならない領域も広がっていきますので、既存事業の対応だけでは足りなくなってきています。
親会社のYKKとYKK APは、法務組織もそれぞれ独立しているのでしょうか。
基本的には別の組織です。事業領域が全く異なりますから、法務ニーズも自ずと違ってきます。ただ、グループとしてガバナンスを利かせなければならない部分は当然あります。
たとえば内部通報の窓口はYKKグループで一本化していて、案件ごとにYKKとYKK APが分担して対応しています。
YKK APは今まさに海外展開を加速させているフェーズだと思うのですが、法務の観点からはいかがですか。
YKKのファスニング事業がすでに世界70の国と地域で展開している一方で、YKK APはまだ海外12ヵ国・地域での展開にとどまっています。
2025年にはドイツの窓・カーテンウォール企業とのM&Aも実現しましたし、社長が掲げる「Evolution 2030」では、現在5,000億〜5,500億円規模のAP事業を2030年以降に1兆円以上へ成長させる目標を掲げています。
すでに完成されたものを守るのではなく、どんどん拡大していくフェーズの中で仕事ができるというのは、法務・コンプライアンスの観点からもチャンスが多いなと感じています。
法律を「自分ごと」にしてもらう

コンプライアンス研修はつまらないと思われがち。いかに「自分事」にしてもらうかに工夫を凝らしている
日常の業務内容について、もう少し詳しく教えていただけますか。
法務グループでは契約書の審査・作成や法律相談がメインです。M&Aが発生する場合にはプロジェクトを組んで、外部の先生と連携しながら進めていきます。
コンプライアンス推進室では、コンプライアンス委員会の事務局として研修の企画・運営を担ったり、カスタマーハラスメントのマニュアルや事例集の作成といった仕事もあります。
最近はGoogleのNotebookLMを活用してチャットボットを作るなど、業務効率化にも取り組んでいます。
役員向けの研修も定期的に実施されているとお聞きしました。
はい。執行役員以上の方を対象に、3ヶ月に1回、2時間程度の研修を行っています。弁護士の先生や各種専門家の方にお話を伺いながら、ケーススタディを通じて学ぶという形です。
最近はAIガバナンスのテーマも取り上げましたし、フィードバック文化をテーマにした回も実施しました。
コンプライアンス研修というと、どうしても堅いイメージがあります。工夫されていることはありますか。
正直に言うと、コンプライアンス研修はつまらないと思われがちです。法律の解説だけになってしまうと、どうしてもそうなってしまう。しかし私が大事にしているのは、法律と日常の業務がどう繋がっているかをきちんと伝えることです。
そこが分かっていないと、問題が目の前にあっても見過ごしてしまって、結果的に違反を引き起こしてしまう。法律を「自分ごと」として捉えてもらえるかどうかが、研修の成否を左右すると思っています。
それはまさにインハウスならではの視点ですね。
そうだと思います。外部の先生は法律の専門家として最高の仕事をしてくださいますが、会社の現場をよく知っているのは私たちインハウスです。
法律の知識を現場の業務に落とし込んで実装していくことは、私たちにしかできない仕事だと思っています。
私は最近「実装」という言葉をよく使うんですが、法律を知っているだけでなく、組織の中で機能させるところまでがインハウスの役割だと感じています。
2034年には創業100年を迎えるYKKグループですが、伝統的なメーカー法務ならではの面白さや難しさもあるのでしょうか。
よくメーカーは「日本の縮図」だと言われるんですけれど、本当にそうだなと思います。
営業の最前線ではカスタマーハラスメントの問題があったり、工場では同僚間のトラブルや労務の問題があったり、建設現場では安全管理の問題があったりと、対応しなければならない幅が本当に広い。でもそれだけに、様々な経験が積めるという面白さもあります。
一方でグローバル展開も進んでいますから、国内の現場だけを見ていればいいというわけでもない。トップに近いところで海外事業戦略に関わる仕事ができるのも、日本の伝統的なメーカーならではの醍醐味だと思っています。
初応募・初受賞 JILAインハウス・リーガル・アワードへの思い
2025年度にJILA(日本組織内弁護士協会)のインハウス・リーガル・アワードを受賞されました。応募されたきっかけを教えていただけますか。
JILAの存在自体はずっと知っていて、アワードが始まってからも毎回受賞式には参加していたんです。
そこで同期やロースクールの同級生、同業他社の方が受賞しているのを見ているうちに、自分もそろそろ出してみようかなという気持ちが芽生えてきました。
それともう一つ、応募資格が弁護士登録から15年目までということで、今回がちょうど最後の年だったんです。
実は2回目の開催で出そうと準備していたのですが、バタバタしてしまって出せなかったという本音もありまして(笑)。
最後の機会だからと、取れても取れなくてもという気持ちで応募しました。
受賞された時の周囲の反応はいかがでしたか。
JILAの活動にずっと携わってきたこともあって、自分の中では「そういうものかな」という感覚もあったんです。
でも、チームのメンバーや上司がとても喜んでくれて、家族も泣いて喜んでくれました。
一緒に頑張ってきてくれた人たちがそれだけ喜んでくれたというのは、純粋に嬉しかったですね。
どういった取り組みが評価されたとお考えですか。
カスタマーハラスメントのマニュアルや事例集をNotebookLMを活用して整備した取り組みや組織風土改革、JILAでの研修委員・第7部会での活動、留学に関するセミナーのパネリスト登壇、経営法友会での登壇など、情報発信を積極的に続けてきたことも含めてバランスよく評価していただけたのかなと思っています。
情報発信に力を入れてこられた背景には、何か問題意識があったのでしょうか。
インハウスローヤーという働き方が、世の中にまだ十分に知られていないなと感じていたんです。特に法学部やロースクールの学生には情報が届いていない。
外部の先生とインハウスでは、扱う案件が同じであっても立ち回りが全く違います。
たとえば不祥事が発生した時、インハウスは体制構築から外部の先生の選定、報告書を受け取った後の再発防止策の実行確認まで、会社全体を見渡しながら対応します。
その役割の違いがなかなか理解されていないなと感じているので、業界団体としても、個人としても、情報発信を続けていかなければという思いでやってきました。
今回の受賞やこうした取材の機会も、そのための大切な一歩だと思っています。
不安がっても仕方ない AI時代をどう楽しむか

新たな波を恐れていても流れは止まらない。変化をチャンスと捉え、活かし方を模索していくことが重要
最近、法務パーソンのキャリアを考える上でAIの話題が避けられなくなっています。石井様はどのようにお考えですか。
正直に言うと、私自身も走りながら考えている最中で、正解があったら教えてほしいくらいです(笑)。
ただ、スタンスとしてはどうやって面白がるかということに尽きるんじゃないかと思っています。この波は絶対に止まらないですから、不安がっていても仕方がない。
変化をリスクとしてだけ見るのではなく、チャンスとして捉えて、どうやって自分の仕事に組み込んでいくかを考える方が建設的だと思っています。
具体的に取り組まれていることはありますか。
先ほどお話ししたNotebookLMの活用もその一つです。カスタマーハラスメントの事例集をNotebookLMで整備したり、チャットボットを作ったりと、できることから業務効率化に取り組んでいます。
ツールを使いこなすことで、これまで時間のかかっていた業務を効率化して、その分より本質的な仕事に集中できるようになる。AIを脅威と見るよりも、自分たちの仕事の質を上げるための道具として積極的に使っていく姿勢が大切だと思っています。
2026年のテーマとして「組織風土改革」を掲げていらっしゃいますね。これはどういった背景から来ているのでしょうか。
コンプライアンスの仕事をしていると、バッドニュースファーストの文化をいかに根付かせるかというのが常に課題としてあります。
不祥事や不正があった時に、上司や同僚に正直に話して一緒に考えられる組織になっていないと、問題が隠蔽されてどんどん悪い方向に向かってしまう。社内の意識調査でも、1年間にパワーハラスメントを受けたことがあると答える方が一定数いらっしゃいます。
パワーハラスメントがあることで不正が隠されやすくなるという構造があると思っていて、そこを変えていかないといけないという問題意識があります。
具体的にはどのようなアプローチを取られているのですか。
キーワードはフィードバック文化です。
何かを提案した時にちゃんと動いてもらえる、悪い報告をした時にみんなで一緒に考えてもらえるという、いわゆる「心理的安全性」のある組織を目指しています。
『みんなのフィードバック大全』という本を書かれた三村真宗氏にコンプライアンスの役員研修でお話しいただいて、まず役員層への浸透を図りました。
2026年度はそれをどうやって組織全体に落とし込んでいくかに取り組んでいきたいと思っています。2025年に外部から招聘したCHRO(最高人事責任者)とも問題意識を共有していますので、一緒に進めていく予定です。
最後に、石井様が今の時代に若手の法務パーソンとして歩んでいくとしたら、どういうことを意識されますか。
そうですね、今だったら——
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