法務部インサイド
「未来予測は外れる。それでもあがくしかない」JT法務 稲村氏が語るこれからの法務
日本たばこ産業株式会社
日本マーケット 部長代理(法務担当)
稲村 誠
たばこ事業は、世界各国で厳格な規制が課される産業のひとつだ。130を超える国と地域で事業を展開する企業において、法務はどのような役割を担うのか。そしていま、生成AIの登場は、法務という職能そのものにどのような問いを突きつけているのか。
日本たばこ産業(JT)株式会社の稲村誠氏は、1999年の入社以来25年以上にわたり法務一筋のキャリアを歩んできた。前半はコーポレート部門で経営陣の意思決定支援や訴訟対応を、ここ10年近くはたばこ事業の日本マーケット法務を担当。近年はnoteやSNSでの発信も積極的に行い、「AI時代の法務の付加価値とは何か」を社外の実務家たちと議論し続けている。
本記事では、JTの法務体制と規制産業ならではの難しさ、ナレッジマネジメントの実践、そして「付加価値」「人間にしかできない仕事」という言葉を問い直す稲村氏の思考をたどる。
※本記事は取材当時(掲載時点)の役職・組織体制に基づいています。
「25年以上、法務一筋」規制産業の法務キャリア
まずは簡単に自己紹介をお願いできますでしょうか。
稲村 1999年にJTに入社しまして、2000年からなので、もう25年以上、法務をある種一筋でやってまいりました。
大きく分けると、前半はコーポレート部門で、法務の目で経営陣の意思決定や会社に関わる案件、あとは訴訟なども担当していました。
ここ10年近くは、日本マーケットでのたばこ事業全般の法務案件を担当しています。大雑把に言うと、そういうキャリアです。
積極的に情報発信をされている印象があります。noteやForbesなどの外部媒体での発信は最近からでしょうか。
稲村 以前も少しずつはやっていましたし、外からお声がかかった時にお話しすることもありました。
ただ、ここ1、2年、ChatGPTが出てからの急激な状況の変化を受けて、普段考えていることも増えてきまして。
自分ひとりで考えているのもいいんですけど、他の企業の方と話をする場面もあって、そこで議論した中でまた自分なりに考えを発展させることもある。他の方がどういう反応をするのかな、どんな見方があるのかなというのも知りたかったので、以前よりはSNS上で書いてみることを少し増やしました。
ジュネーブと東京で動くJTの法務組織
JTの法務組織について教えていただけますか。
稲村 弊社には現在、大きく分けて二つの法務があります。
まず、一般的な日本企業の法務部の役割を果たす、コンプライアンス等も含む法務・コンプライアンス統括部がコーポレート部門にあります。
もう一つ、主力事業であるたばこ事業の中に法務チームが別に設置されていて、私は後者に所属しています。
たばこ事業については、オペレーション上の世界本社がジュネーブに設置されているんですね。日本は非常に大きな市場ですが、あくまで130カ国以上展開している中の「日本マーケット」という位置づけになります。
私はたばこ事業部門の法務に所属し、その中の日本マーケットという組織にいる。だから、少し複雑な説明の仕方になってしまうんです。
法務のトップの方もジュネーブにいらっしゃるのでしょうか。
稲村 事業に関する法務担当の役員はジュネーブにいます。
一方、東京側にはグループ全体のジェネラルカウンセル的な役割を担うGCがコーポレート側にいますので、両方の体制でやっているという感じです。
「国によって全然違う」規制産業の法務が担う重み
たばこ事業は規制が多く、しかも国ごとに異なる領域かと思います。グローバルではどう管理されているのですか。
稲村 おっしゃる通り、たばこという製品は世の中的にもいろんなご意見があることは承知していますし、非常に厳しい規制がかかっている商品です。
基本的には各国ごとに規制のあり方が異なるので、各国に置かれているリーガルチームが各国の法令に合わせて対応するのが基本になっています。
一方でジュネーブの世界本社側のリーガルや規制に関わる部署は、細かい個別の国の対応は各国に任せつつ、規制に対する考え方やたばこ製品の広告の仕方といった大きな方針は本社が定めて、現地と調整しながらやっているという形です。
大きな方針はグローバルで揃えつつ、ローカライズして対応されていると。
稲村 一番分かりやすい例で言うと、たばこを吸う吸わないに限らず、売っているものを見るといろいろ表示がありますよね。あれも国によって、どういう表現にするか、どこまで強く書くか、国によっては写真を入れているところもあります。
それぞれの国の事情に応じてどういう表示が適切かは結構違うので、各国でそこに詳しい者が担当しないと、法令を遵守しながら事業を行うことができないということは、やっぱりあります。
規制の厳しい領域の法務ならではの面白さややりがいはありますか。
稲村 正直あるかな、と振り返れば思います。
「一子相伝にしない」5、6年かけたナレッジの基盤づくり
社内に受け継がれる知見のナレッジマネジメントは、どのようにされているのでしょうか。
稲村 たばこの規制についての本って、普通の本屋で売っていないじゃないですか。
その業界にいるプレイヤーがもともと多くないので、世の中的に法律分野や規制についての知識が流通しているわけでもない。自分たちでちゃんと受け継いでいかないと、非常に危ないんです。
そこはやはり非常に気をつけていまして。最近はテクノロジーやサービスもありますので、以前は人に依存してしまっていたところを、なるべくプラットフォーム上で管理する。「一子相伝」みたいにしない。
その人がいなくなったら分からない、みたいなことをなるべくなくして、そういう意味でのサステナビリティを維持するために、仕事の仕方やツールの使い方には気をつけているところがあります。
最近では様々なツールも登場していますがそういったものも活用しているのでしょうか。
稲村 法務系の方と話すこともあるんですけど、数年前まではメールベースで相談を受け付けてやり取りするのが多かったんですね。
そこでナレッジマネジメント的なことをしようとすると、メールをどこかにコピペして保存する、みたいな。それって手作業なので、なかなか続けるのが難しいんですよ。
我々も全く同じで、なかなかうまくいかないというのを繰り返していました。
なので、手間を増やさずに蓄積させていく、他のメンバーが見られるようにするために、日常の法務相談の受け付け方をメールベースではなくプラットフォーム上にして、ビジネス側からの相談もそこに登録して書き込んでもらう。こちらの回答もやり取りも全てそこでやる、というのを5、6年前から始めています。
特定の人のメールの中にしかなかったものが、その人がいなくなったりパソコンが壊れたりすると全部分からなくなってしまう。それをなくして、全員のナレッジがやり取りも含めて検索可能な形で、開かれた形で共有される。それをここ数年進めてきたのは大きいですね。
5、6年分のデータが蓄積されると、その活用という話も出てきそうですね。
稲村 そうですね。だいぶ過去のケースについてのデータが溜まってくるので、「なんとかこれ使いたいね」というのは、ここ数年いつも議論になっています。

「自分たちでちゃんと受け継いでいかないと、非常に危ない」——属人化を避けるナレッジ基盤づくりを語る稲村様
「その付加価値って何ですか」AI時代に問い直すべきこと
「AIで効率化し、空いた時間で付加価値の高い業務を」とよく言われますが、その「付加価値」とは何か、という議論はあまりない気がしています。
稲村 AIを使って日常業務を効率化して、生み出した時間でより付加価値の高い仕事、人間にしかできないことをやりましょうというのは、ほぼコンセンサスになりつつある話だと思います。
ただ最近考えているのは、「付加価値」って具体的にどういう業務のことを言っているのか、「人間にしかできない」って本当にそんな仕事があるのか、というのはまだ深めるべき議論なのかなと。
私が今考えているのは、いろんな話が入り込むと議論が収拾つかないので、一つクリアな視点としては、企業価値の増大に結びつく業務に優先的にリソースを配分していくのが筋かな、ということです。あくまで個人的な考えで、いろんな方と議論して学ばせてもらっている最中ですが。
極端な例として聞いていただきたいんですけど、例えばNDAのレビューが来ました、と。普段とあまり変わらないし、その取引自体がそこまでの金額規模でもない。
その契約レビューにどれぐらいリソースを投入するか、という問題が本当はあるはずなんですよ。
「相談してくれた方の満足度を高める」という視点で言えば、非常に詳細なコメントをつけて、時間をかけて丁寧に返した方が、相談してくれた個人の方は喜ぶんです。満足度はすごく高い。
でも、営利目的の企業として、しかも上場していて市場で評価されている企業の立場からすると、「それってそこまで時間と労力を投入してやるべき経済合理性があるのか」という視点は本当はあるんじゃないかと思っていて。
法務の仕事は今まで「あそこは専門の集団だからアンタッチャブル」というか、外からそういう視点であまり見られてこなかった。専門家的、職人的にやっているだけで「あの人は専門知識がすごくある」「すごく丁寧にやってありがたがられている」ということが重視されてきた側面もあったと思うんです。
でもそれって、特に営利企業の場合にどう考えるべきかは、もう一回考えても面白いんじゃないかなと。そのきっかけとして、AIが出てきて余った時間をどうするか、付加価値論が出てきた今は、ちょうどいいタイミングなんじゃないかなと思ったんです。
「スピードアップではなく再設計」法務機能をどう作り替えるか
AIが発達したら「こんなことができたら面白い」というイメージはありますか。
稲村 法務の仕事に引きつけて言うと、
「未来予測は外れる。でも、あがくしかない」
若手の法務パーソンは、AIが入ってくる時代に何からやっておくといいでしょうか。
稲村 結論から言うと、多分誰も答えがないんですよ。大げさかもしれないけど、歴史上こんな状況になったことが人類にないので。
つまりこの問題については、ベテランだろうが新人だろうが、あまり差がない。
今までの技術の進化は、人間の作業の補助だというのがある種明確だったわけです。それをどう高速化するか、人間なら手間がかかるものを早くやってくれるとか。産業革命以降、そうだったんですけど。
AIが画期的なのは、知能自体が人間に迫っている、もう超えるかもしれない、という点で全然違うんですよ。
力を強くするために重機が使える、早く計算できる計算機ができる、というのと違って、汎用性のAIは人間と同じような知能として人間を超えるかもしれない。そうなると「人間の知的労働って意味あるの?」というのが、そもそも問題としてある。
若手の教育に最初の波が来るから今議論になっていますけど、本当はもっと進めば中堅・ベテランだって同じ問題に直面するはずなんです。だから、あるベテランが偉そうに言ったとして、本当にそれが正しいのかは結構難しいなと私は思っています。
その中で、あえて何かアドバイスをするとしたら。
稲村 私も25年以上やってきましたが、自信を持って「若手の教育はこうした方がいい」というのは正直ないんです。
ただ、放ったらかしというわけにもいかない。雇用の話でいきなり全面的に置き換えられることはなく、なるとしても徐々になるので、ある程度の時間はかかる。その間をどうやって自分なりに価値を出していくかと考えると、一番重要なのは汎用的な知識だけに依存しすぎないことです。
世の中に流通している、インターネット上にすでにデジタル化されている知識やデータに依存したキャリア形成をやると、危ない。
逆に言うと何かというと、企業で働いているなら、企業の内部的な事情や、歴史的にどういう経緯を経て今の会社のポジションまで来ているのかは、基本的には内部にしか情報がないわけです。暗黙知も含めて。
そういうものをなるべく早く吸収して、AIの一般的な知識と組み合わせて「自分たちの会社オリジナルだったらどういうことが適切なのか」という判断力を早くつける。少なくとも当面は、そういう価値は残るはずだし、早々に置き換わることはないと思います。
今までは最初の何年かは修行期間だから、法務なら契約書をレビューして先輩にチェックしてもらう、というスタイルが多かったと思うんですけど、その時よりもそういう意識を持たないと。今までと同じことを2、3年、5年やっていると、そのうちにどんどん向こうも進みますから。
誰もやっていないところを突き詰めた方が、価値が出るのかもしれませんね。
稲村 そうかもしれない。今のところ誰も分からないんです。
それに、大体、未来予測って外れるんで。多分歴史上そうです。100年前のSFの予測って全然当たっていないじゃないですか。世の中、車が空を飛んでいるという予測は現状当たっていないし、多分AIも当たらないんですよ。
当たらないんだけど、じゃあ当たらないから「何も考えないで今まで通りやってるか」というと、それはそれで多分ダメだと思って。今自分で考えられる範囲で、外のいろんな人と話をする中でやれることを、とりあえずあがいてみるということしかないんじゃないかなと。

「当たらないんだけど、何も考えないで今まで通りやるのはダメだと思う」——予測不能な時代への向き合い方を語る
「煽られすぎてもいけない」自社の状況を冷静に見る
今から考えて動く方と、今まで通りの方とでは、差が開きそうですね。
稲村 ただ、そこは私自身も思うところがあって、必ずしも全員が全員、その方向じゃなくてもいいと思うわけですよ。
正直、今私が話していたのは、どちらかというと大企業で上場していて、それなりの法務リソースを抱えている会社を念頭に置いているんです。
でも世の中にある法務部や法務チーム、法務パーソンは、そんな企業ばかりじゃないじゃないですか。だから本当は、「自社が置かれているところで何が必要か」なんですよ、重要なのは。
「上場しているから偉い」とか「大企業だからなんとか」という話は全然ないし、そうでなければ規模に応じた、業態に応じた、オーナー企業ならオーナー企業に応じた、法務に求める役割が本当は違う。
世の中の議論はどちらかというと大企業を前提にしたメディア情報が多くて、それに煽られて危機感や変な不安を持ってしまうかもしれない。でも私はそういうつもりは全然なくて、必ずしもそうじゃない場面が絶対ある。全体からすれば、そっちの方が多いかもしれないです。
自分たちの置かれた状況を冷静に見て、メディアの話にあまり煽られずに、必要な範囲で必要なことをやればいいとも、半分以上思っています。
AIの活用についても同様でしょうか。
稲村 別に最先端で急いで入れなくたって、構わないと思うんです。
少し様子を見て、「世の中は大体この方向性で決まったな」とか「生成AIは大体ここが勝つな」となってから使ったって、それはそれで全然ありだと思うんです。
今は「一番最先端で早く使って効率化しました」というのは、お話として面白いし受けるのですごく出ますけど、自分たちが最先端である必要性なんか別にないじゃないですか。そこは非常に冷静に考えられればいいんじゃないかなと思います。
繰り返しになりますけど、「他社がやっているから」「有名な会社さんがやっているから」「世界的にこれが流行っていそうだ」というのには、なるべく惑わされないで。でもそのためには、やっぱり自分なりに考えていないとなかなか難しいので。
「自分から動かないと繋がらない」社外へ広げるこれから

「相手に対する尊敬をちゃんと伝えながら連絡する」——社外へのつながりの広げ方を語る
これから挑戦していきたいことがあれば教えてください。
稲村 年を重ねて、会社の歴史も長くなってくると、今まで自分が経験してきたことが広く役立つ場面があったらいいなというのは思うんですね。
なので、あまり「会社の中だけの付き合い」に閉じずに、いろんな社外の人と。それは企業法務の人だけに限りません。
いろんな分野で「この人面白いな」という人がいたら、なるべく自分からちゃんとコンタクトして話してみたり、「お互いこんな関心で重なるんだな、ちょっとやれない?」となったり。
今まではどうしても会社の中で役割を果たすことになりがちでしたけど、だんだんそこから広げていく。もちろん仕事は仕事でしっかり責任を果たしつつ、違う場面でお役に立てるなら、そこに自分の時間を使っていくのも面白そうかなというのは、最近すごく思いましたね。
新しい出会いをつくるために、意識してやっていることはありますか。
稲村 「この人すごいな」「もう少し話したいな」と思うことって、あるじゃないですか。でも「いきなり連絡したら失礼かな」「無視されたら嫌だな」と最初は思うから、普通はやらないわけです。

Recommend
おすすめ記事
-
- 事務所を知る
クライアントのビジネス成長に真に貢献できる弁護士へ
弁護士法人スフィア東京 弁護士、日本プロ野球(NPB)選手会公認選手代理人
久世 圭之介
- M&A
- グローバル
- 若手弁護士
- 企業法務
-
- トップに訊く
ビジネスを加速させる日本HPの「スマートなリスクテイク」とは
株式会社日本HP 法務・コンプライアンス本部長/ニューヨーク州弁護士
野口 京子
- メーカー
- グローバル
- リスクマネジメント
- コンプライアンス
- 大手企業
-
- キャリア羅針盤
大手法律事務所との協業で実現する法務人材の未来の姿
MNTSQ株式会社 CEO 兼 長島・大野・常松法律事務所 弁護士
板谷 隆平
- リーガルテック
- 四大法律事務所
- 若手弁護士
- スタートアップ
-
- トップに訊く
四大法律事務所弁護士が選んだLegalOn Technologiesでの「法務開発」という道
株式会社LegalOn Technologies 執行役員 CCO
奥村 友宏
- 組織内弁護士
- 留学
- SaaS
- リーガルテック
- 企業内弁護士
- 四大法律事務所
- スタートアップ
-
- 事務所を知る
東京スタートアップ法律事務所が考える、新時代を生き残る新しい弁護士像
東京スタートアップ法律事務所 代表社員弁護士
中川 浩秀
- パートナー・代表
- リモートワーク
- 刑事事件
- 一般民事
- 若手弁護士
-
- 事務所を知る
アトム法律事務所が「刑事・交通・離婚・相続」にこだわる理由
アトム法律事務所 代表弁護士
岡野 武志
- 刑事事件
- 一般民事



