四大法律事務所からインハウスへ──7人の弁護士が語る「事務所で得たもの、置いてきたもの」
更新日:2026年9月8日
四大法律事務所は、多くの司法修習生にとって企業法務のキャリアを描くうえでの一つの到達点です。しかし近年、そこで数年から10年近くの経験を積んだ弁護士が、事業会社のインハウスローヤーへと軸足を移す例が着実に増えています。第一線を離れる決断のようにも見えるその選択の内側では、実際に何が起きているのでしょうか。
アガルートキャリアジャーナルではこれまで、アンダーソン・毛利・友常法律事務所、森・濱田松本法律事務所、長島・大野・常松法律事務所の出身者を、それぞれの転職先で取材してきました。
日本IBMの大内麻子様と田中聡美様、Tesla Japanの稲井宏紀様、BuySell Technologiesの尾崎健悟様、LegalOn Technologiesの奥村友宏様、ルネサス エレクトロニクスの本間隆浩様と田子晃様。修習期でいえば62期から67期まで、転職のタイミングも在籍1年半から9年までと幅があります。
本記事では、7名のインタビューを横断して再編集しました。なぜ事務所を出たのか。移った先で最初にぶつかった壁は何だったのか。そして、事務所で培ったもののうち、何が残り、何を手放したのか。同じ道を検討している方にとって、判断材料になれば幸いです。
※所属・役職等は、それぞれの取材当時のものです。
INDEX
「案件が終わったら一段落」──7人が事務所を出た理由
7名の語りに共通していたのは、事務所の仕事そのものへの不満ではありませんでした。むしろ「案件自体はやりがいがあって楽しかった」と振り返る方が多い。それでも動いた理由として繰り返し挙がったのが、案件のその後に関与できないことへの物足りなさです。
尾崎 案件自体はやりがいがあって楽しかったんですが、毎回クライアントが変わって、案件が終わったら一段落。その後どうなったかというところに深く関与できないことに、もどかしさを感じていました。
一つの事業会社で、意思決定に近いところから事業が進んでいくところまで一気通貫でやりたい、という思いが強まっていったんです。
森・濱田松本法律事務所でコーポレート案件を8年担当した尾崎様が転身を考え始めたのは、7、8年目のことでした。決定打になったのは、事務所時代に経験した証券会社への出向だといいます。
出向をきっかけに挙げる声は、ほかにもありました。アンダーソン・毛利・友常法律事務所に63期として入所し、独占禁止法を中心に担当していた大内様も、その一人です。
大内 キャリア3年目に出向した日本の大手企業での経験が大きな転機でした。そこで独占禁止法のルール整備やコンプライアンス関連の業務に携わり、初めてインハウスの仕事を間近で体感しました。
法律事務所にいるときは企業法務の現場で何が起きているのか具体的に想像できなかったのですが、実際にビジネス部門の方々と議論を重ね、会社としての意思決定に関わる過程を経験し、自分にとても合っていると感じました。
出向前は、インハウスという選択肢を意識してさえいなかったといいます。
大内 いえ、当時はインハウスの仕事が具体的にどのようなものか分かりませんでしたし、特に意識してもいませんでした。
日々の案件に集中していたため、長期的なキャリアを考える余裕がなかったというのが正直なところです。今振り返ると、早い段階から自分のキャリアを俯瞰して考えることの大切さを実感します。
同じ事務所に65期として入所した田中様も、出向を通じて距離の近さに惹かれました。加えて、出産によるライフステージの変化も判断を後押ししたといいます。
田中 法律事務所では依頼に対して法的見解を示して終わることが多いのですが、社内にいると事業の構想段階から関わり、自分の助言がプロジェクトの形になる過程を見届けられます。その「一緒に育てていく」感覚がとても刺激的でした。
一方、ルネサス エレクトロニクスの本間様と田子様の理由は、それぞれ性質が異なります。森・濱田松本法律事務所でパートナーを務めていた本間様は、ライフステージと未経験への好奇心の二つを挙げました。
本間 一つは、ライフステージの変化です。ちょうど小さな子ども二人の子育てのタイミングで、森・濱田松本法律事務所での仕事は激務だったため、仕事と家庭のバランスを調整する必要が出てきたことです。
もう一つは、それまで出向を一度も経験したことがなかったので、外から見ていた企業法務の中に入って事業を近くでサポートする役割を経験したいという思いがありました。
田子様の場合は、13年間ほぼ一貫して携わってきたキャピタルマーケット業務に対する、静かな物足りなさでした。
田子 例えば引受契約についていえば、業界で定着したひな型から大きくはずれた内容となることはなく、法的論点についての検討やクライアントの利益のために交渉する場面が少なく、少し物足りなさを感じていました。
弁護士になったからには、もっと法律的な論点や問題点に触れた仕事をしてみたいという思いがだんだん大きくなり、異なる分野にチャレンジしてみようと思ったのがきっかけです。
「アドバイスして終わりではない」──移って最初にぶつかった壁
転身後、多くの方が最初に直面したのは、仕事の終わり方が変わることでした。
田子 法律事務所であれば企業の方から「これはOKですか?」「このスキームは法律的に可能ですか?」と聞かれ、もしダメなら「ダメです」と答えるところまでが大きな仕事かと思います。
しかし、インハウスローヤーの仕事はそこからです。
今のスキームで立ち行かない場合に「どうスキームを変えればこのビジネスを進められるのか」を、事業部門が何を達成したいのかをしっかりと聞き取りながら案件をドライブしていくところが、インハウスのポジションでしか得られない経験だと思います。
入社直後の驚きについても、率直に語られていました。
田子 良い意味でも悪い意味でも、こんなに色々な相談が日常的に来るとは思っていませんでした。
それを瞬時にさばき、タイムリーかつ的確なアドバイスをしていかなければならないということに驚いています。
責任の質が変わることを挙げたのは、稲井様です。アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経て、アクセンチュア、そしてTesla Japanへと移った稲井様は、階層構造の有無がプレッシャーの大きさを変えると指摘します。
稲井 やはり大規模な法律事務所だとパートナーがいて、シニアアソシエイトがいて、ジュニアアソシエイトがいて、と階層式になっていて複数人で案件を担当します。
成果物が出る前にパートナーが見ることが多いので自分の仕事を誰かがレビューしてくれる状態になるわけですが、インハウスでは「この仕事は君が一人で担当してよ」という状況も多くなると思います。
これは大きなプレッシャーがあります。事業側と直接一人で会議をして、そこで私が「いいよ」と言えばそのまま会社の方向性が決まってしまうわけですからね。これでいいのかと悩むことも珍しくありません。
もっとも、稲井様はこれを負の側面としては捉えていません。「自分でコントロールできるところの喜びというか、エキサイティングな部分もありながら、自分で決めたことなので最後は自分で責任を取るんだ、というところのプレッシャーと、両面合わせ持っています」と、表裏一体だと語っています。
言語の壁を挙げた方もいました。稲井様はアクセンチュア入社時、英語で苦労したことを隠しません。
稲井 外資系企業って「英語バリバリ使ってます」という方でないと難しいと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、企業にもよると思うのですが、少なくとも私は全然できませんでした(笑)。
できないまま気合で飛び込んだのが正直なところですね。入ってしまえばあとはもう自分次第だから、と自分に発破をかけました。
「目線の高さ」は、辞めても失われない
では、事務所での経験のうち、何がインハウスに移っても残るのか。ここでは回答がはっきり分かれず、むしろ重なりました。
稲井様が挙げたのは、仕事の水準に対する感覚です。
稲井 いわゆる大きい事務所、四大事務所の一つに勤めることの良い点について言うと、仕事のクオリティに対する目線がかなり高いところに設定されるというところですね。
パートナーももちろんそうですし、アソシエイトも頑張って日々良い成果物を出そうと働いていらっしゃるので、そこに食らいついていくことで高い目線が設定されます。
これはもうオートマティック、自然にそのレベルに達しようと成長していくところが一番のメリットだと思います。その後インハウスに転向しようが他の事務所に移籍しようが、ずっとその目線感は失われずに保たれていくと思うので、キャリアにかなり大きな影響を与えるものだと思っています。
本間様が挙げたのは、より技術的な、しかし応用の効く力でした。森・濱田松本法律事務所時代はM&Aを中心に担当し、「他の部門を任されたら困るだろう」と考えていたそうですが、留学後に中国へ3年間駐在し、その考えは変わったといいます。
本間 そこでは完全に中国法を扱わなければならず、M&Aだけでなく、中国の手形法に関するメモも書きました。
日本の手形法すら忘れていましたが、何を調べて、どうロジックを組み立て、どう整理すればよいのかという点は、分野や国に関わらず、非常に普遍的な部分が大きいのです。
法律事務所で特定の事柄を深く突き詰めて学ぶ訓練を積めたことは、特にインハウスローヤーのようにジェネラリストとして幅広い内容を扱うにあたっても、非常に普遍的な基礎になっていると感じています。
田子様が残ったと語るのは、技術ではなく姿勢の部分です。
田子 精神論的な話になりますが、法律事務所にいるときから「クライアントがいてこその業務だ」と感じながら仕事をしていました。
インハウスローヤーになっても、同じ発想に基づいて仕事をするべきだと思っています。インハウスローヤーである以上、何のために仕事をしているかというと、私たちのビジネスを前に進めるためです。
この発想があるからこそ、あるスキームについて「これで進めていいですか?」と聞かれたときに、法律的に解決すべき点があったとしても「ダメ」と答えるだけでなく、もしダメだった場合に「ではそこからどうすればいいか?」を事業部門の方と一緒に考える、という次のステップにつながるのだと思います。
稲井様は、担当分野そのものが後年効いてくることにも触れています。M&Aのデューデリジェンス(買収対象企業の調査)で多様な業界・規模の企業を見た経験から、契約書の「相場感」が身についたといいます。「賃貸借契約を見て『変なところあるよね、ないよね』というのが感覚的に分かるようになります」。
「法律を相対化する」──インハウスで身につく思考
一方で、手放す必要があったものもあります。7名の語りのなかで、最も踏み込んだ表現をしていたのが本間様でした。
本間 法律事務所で特定の法的論点やプロジェクトに関して法律に特化した形で深く掘り下げたアドバイスを出すのと、インハウスでより大きなビジネスのコンテクストの中で解決に導いていくことの性質の違いは大きいと感じます。
物事を実現したり解決したりするための「ツール」としていかに法律を使うか、そのスキルを突き詰めるのがインハウスローヤーなのかなと感じています。
良くも悪くも、法律を相対化する必要があるんです。さまざまな要素がある中で、法律はあくまで交渉や実現のためのツールの一つに過ぎません。
事務所にいた頃も頭では理解していたつもりだった、と本間様は続けます。しかし求められる内容が法律に特化しているため、どうしてもそこに集中しがちになる。インハウスでは財務やビジネスといった要素を組み合わせて全体をまとめ上げる考え方が必要になり、その結果「より有効な法律の使い方というものが見えてくる」といいます。
この「相対化」は、キャリアの選び方そのものにも及びます。長島・大野・常松法律事務所に約9年在籍し、バンコクオフィス赴任を経てLegalOn Technologiesに参画した奥村様は、弁護士のキャリアパスが狭く語られがちなことに疑問を投げかけます。
奥村 弁護士となると法律事務所かインハウス、法務部などのキャリアパスがある種の「成功」だと考えられがちです。
しかしご自身に法務的な知見があるからといって、道を絞ってしまうのはもったいないのではないかと私は思います。
ご自身のスキルによって道を狭めるのではなく、そのスキルが何に活かせるのかを考えてみることで、従来的なキャリアだけではない活躍の場があることに気が付くはずです。
奥村様自身は現在、法務部ではなく「法務開発」という部署で、AI契約レビュー製品のコンテンツ監修とシステム仕様の検討に携わっています。弁護士資格を持つ人材が法務部以外に配置されるという、比較的新しい形です。
稲井様も、事務所とインハウスを二者択一で考える発想自体を疑問視していました。現在はTesla Japanに勤めながら松下法律事務所にも所属しています。
稲井 以前のように事務所の弁護士かインハウスかという二元論が主流ではなくなってきているように思います。そこで境界線を明確に引くのもナンセンスかなと思っています。
事務所での業務がインハウスの仕事にも活きますし、逆にインハウスで経験した社内の力学を分かった上で事務所の弁護士として案件を進めることもできます。ですから相乗効果というか、相互に良い効果が出てくると思います。
「積み重ねた経験に無駄なものは一つもない」──若手へのメッセージ
最後に、それぞれが若手に向けて語った言葉を並べます。
複数の方が触れたのが、英語でした。田子様は、事務所1年目の記憶を今も鮮明に語ります。
田子 最初は海外のクライアントに英語のメールを書くことから始めるのですが、内部のネイティブの弁護士に見てもらうと、1ページくらいのメールの案文が結びの「Best regards」しか残らないくらい真っ赤になる、という経験をしました。
同じ弁護士であるはずなのに英語ができるかできないかで業務のスピードがこれだけ変わるということを痛感したんです。
やはり英語はツールなので、できるに越したことはありません。昔の自分に「早く勉強を始めろよ」と言いたいですね。
分野の絞り方については、本間様が「試すこと」を勧めています。
本間 興味のある分野はさまざまあると思いますが、専門分野や最初に始めたことに囚われずに試してみるのが非常に大事だと思います。
私もインハウスローヤーに転向した当初は経験のないことばかりでしたが、楽しく仕事をさせていただいています。
弁護士はどうしても専門領域に閉じこもりがちですが、さまざまなことにチャレンジすると将来の選択肢も増えますし、自分に向いているものが見つかるかもしれません。
稲井様が挙げたのは、専門性そのものではなく、立ち位置の取り方でした。
稲井 大多数の人と同じような場所で競争を勝ち抜いていくのも一つの選択ではあるのですが、それだとどうしても苦しくなってくるし、自分だけの強みは見出しにくいでしょう。
大それたことをする必要はないと思うのですが、大多数の人が行く道から若干ずらして自分の戦うフィールドを自分で作ってしまうといいのではないでしょうか。
人と違うポジションを取っているとオリジナリティが出てきます。カラーが出ると面白い話が来ることもあります。
そして、いま苦しんでいる人へ向けた言葉。大内様と田中様は、それぞれ自身の若手時代を振り返っています。
大内 若手の頃は本当に苦労の連続でした。業務に慣れず、どの方向に進めばいいのか分からない。会議でも発言できず、英語の電話会議では内容を理解することすら難しい時期もありました。
でも、そうした試練を乗り越える過程で、確実に力がついていったと感じています。
今まさに大変な思いをしている方には、「その努力は間違っていない」「今の頑張りが必ず未来につながる」と伝えたいです。
田中 若い時期は、キャリアプランを明確に描きたくなるものです。でも実際は、思い描いた通りに進むことの方が少ないと思います。
それでも、その時々に与えられた環境で全力を尽くすことが大切です。
私自身、当時は「これが何につながるのだろう」と思うこともありましたが、今はその経験が危機対応や経営判断の場面で大いに役立っています。積み重ねた経験に無駄なものは一つもありません。
7名に共通していたのは、事務所での時間を否定する言葉が一つもなかったことです。手放したのは法律を絶対的なものとして扱う姿勢であって、そこで身につけた基礎そのものではありませんでした。
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この記事の監修者
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