大手企業のインハウスローヤーの実態|14名が語る「大企業法務」の実像と若手時代
更新日:2026年9月14日
大手企業のインハウスローヤーというと、どのような働き方を想像するでしょうか。組織が大きい分、意思決定には時間がかかり、部門間の壁もある。そうしたイメージを持つ方もいるかもしれません。もちろん会社によって実情はさまざまですが、法律事務所やスタートアップから大手企業へ移った人たちの語りには、そのイメージだけでは捉えきれない側面が見えてきます。
アガルートキャリアではこれまで、キリンホールディングス、日本アイ・ビー・エム、ルネサス エレクトロニクス、パーク24、YKK AP、ミツウロコグループホールディングス、日本ペイントホールディングスの法務組織を取材してきました。
登場するのは、法務部長・ジェネラルカウンセルといった組織のトップから、入社数年目の若手まで、法務に携わる14名です。弁護士登録の年次でいえば1996年から2022年までと四半世紀の幅があり、法科大学院修了後に企業法務の道へ進んだ方も含まれています。
本記事では、この7社14名のインタビューを横断して再編集しました。まずは、記事の全体像をつかんでいただくために、取材先の7社を一覧でご紹介します。
| 企業名 | 取材で語られた法務の特徴 | 登場者 |
|---|---|---|
| キリンホールディングス株式会社 | 事業ごとの5チーム制と、DX・人材育成などの横断チームが併存。「Go to Gemba」を合言葉に法務が現場へ足を運ぶ | ・村上 玄純様(執行役員・法務部長) ・梶川 陽介様 ・八嶋 章博様 |
| 日本アイ・ビー・エム株式会社 | 米国系IT企業でありながら日本の法務部に大きな裁量。明確なチーム制を置かず、担当領域を1年ごとにローテーションする。JILAインハウスリーガルアワードを2年連続受賞 | ・大内 麻子様 ・田中 聡美様 |
| YKK AP株式会社 | 法務・知財・コンプライアンスで10名強。カスタマーハラスメントから労務、建設現場の安全管理まで守備範囲が広い、「日本の縮図」としてのメーカー法務 | ・石井 隼平様(専門役員 リーガルカウンセル) |
| パーク24株式会社 | 法務・知財・コンプライアンスを一手に担う約42名の本部。入社後の研修で必ず現場へ。前例のない事業領域で「正解を自ら作る」場面が多い | ・佐藤 雅樹様(執行役員 法務コンプライアンス本部長) ・堀 真知子様(グループ法務・知的財産部 次長) |
| ルネサス エレクトロニクス株式会社 | 全世界に約120名の法務統括部。地域・分野の縦割りをなくす一体運営で、業務の多くが英語で進む | ・本間 隆浩様(ジェネラルカウンセル) ・田子 晃様(シニアダイレクター) |
| 株式会社ミツウロコグループホールディングス | ガス・電力・不動産など幅広い事業を持つグループを横断して支える法務。個人の裁量で案件を進め、事業部に直接話を聞きに行く | ・近江谷 維人様 ・工藤 萌美様 |
| 日本ペイントホールディングス株式会社 | 海外売上比率9割弱のグループを総勢11名で支える少数精鋭。「法務デスク制」で事業会社に赴き、M&AにはPMOとして参画する | ・安藤 勝利様(法務部長) ・藤原 大輔様(法務チームリーダー) |
「大手=縦割り」は本当なのか。若手はどんな仕事を任され、どう乗り越えたのか。なぜ大手の法務は現場に足を運ぶのか。そして、20代・30代のうちにやっておくべきことは何か。大手企業のインハウスを選択肢に入れている方の参考になれば幸いです。
※所属・役職等は、それぞれの取材当時のものです。
INDEX
「意思決定も遅い」は本当か──大手法務のイメージと実像
大企業の法務部には、縦割りで横のコミュニケーションが少ない、というイメージがつきまといます。今回の取材では、縦割りをなくすために意識的に組織を組み替えているという話が、複数の会社から聞かれました。
ヘルステックのスタートアップを経て、74期でキリンホールディングスに入社した八嶋様は、入社前のイメージと実際の差をこう振り返ります。
八嶋 「キリンのような会社は、昔ながらの日系企業で意思決定も遅い」というイメージがあるかもしれません。でも、意外と風通しが良くて、人当たりも良くて、スピード感もあります。そこは全くギャップを感じなかったですね。
服装も結構皆さん自由ですし、髪の毛が金髪の方もいますし、梶川さんもお髭が生えていますし、結構自由な雰囲気です。意外でしたし、すごく馴染みやすかったですね。
同じキリンで、自動車部品メーカーの法務を経てガバナンスを担当する梶川様も、事業ごとに5つのチームに分かれた組織でありながら、チームの壁は低いと話します。
梶川 ホールディングスに全事業の法務が集まっているため、よく見ると同じ法務部の中でも全然違う仕事をしている人がいます。ですが、特にチームの中に閉じこもることもなく、チームを横断して普段から話もしますので、非常に刺激を受けやすい組織だと考えています。
別のチームから「これってどうなっているんだっけ」といった質問が飛んでくることもよくありますので、お互いやり取りすることが日常的に発生しています。
全世界に約120名の法務メンバーを抱えるルネサス エレクトロニクスでは、ジェネラルカウンセルの本間様がトップとして「一体運営」を掲げています。日本のチームは日本だけ、特許チームは特許だけ、という分け方を意図的に崩しているといいます。
本間 日本のチームは日本だけ、アメリカのチームはアメリカだけ、あるいは特許チームは特許しかしない、といった縦割りをなくし、120名の中で気軽にチームを組んだり、やり取りができるような形にしています。
入社した時は日本の伝統的な企業風土を想定していましたが、実際に入ってみると全く異なり、業務のほとんどが英語で、海外とのやり取りも頻繁です。これが非常に面白いと感じました。
外資系IT企業である日本アイ・ビー・エムでは、法務部と経営層の距離の近さが語られました。アンダーソン・毛利・友常法律事務所を経て2019年に入社した田中様は、入社前の想像との差をこう振り返ります。
田中 想像していた以上に経営層との距離が近く、難易度の高い課題に日々向き合っていると感じます。これは大きなやりがいに繋がっています。
法務部は経営の意思決定プロセスに深く関与しています。日々の業務においても、取締役や社長に直接説明や助言を行う機会が多く、経営層も重要な判断の際には必ず法務の意見を求め、真摯に受け止めてくれます。
同僚の大内様も、裁量の大きさと、方針が明確に共有されていることを挙げています。
大内 私も同じく、入社してから法務部の裁量の大きさと透明性の高さに驚きました。特に印象的だったのは、リーダー層からのメッセージが非常に明確で、一貫している点です。
法務部としても、どこまでリスクを取るべきか、どのように意思決定をすべきかという判断において、組織全体のビジョンが明確であることは非常に重要です。
一方で、「大手だから法務も大所帯」とは限りません。海外売上比率9割弱の日本ペイントホールディングスの法務部は、総勢11名。法務チームリーダーの藤原様は、少数だからこそ密な連携と風通しの良さが武器になると語ります。
藤原 これだけ大きなグループの法務組織を支える部門としては、かなり少数精鋭な組織だと思っています。少数でありながらグローバル案件から国内の現場サポートまで幅広くカバーするのは大変なところもあるのですが、メンバー間で密に連携を取り、風通しよくできているところが、今の法務組織の特徴でありメリットだと感じています。
アドバイザーの視点|意思決定の速さは、企業規模では決まらない
キャリアアドバイザーとして各社の法務組織を見ていると、「大企業だから意思決定が遅い」というのは実態と合わない見方だと感じます。実際には、規模の大小にかかわらず、意思決定が早い会社と遅い会社の差がある、というのが近いところです。
差を生むのはむしろ事業の性質です。規制産業や医療関連であれば、慎重に確認を重ねる意思決定が求められますし、IT・ソフトウェア領域であればスピードが優先されます。同じ会社の中でも、担当する論点によってテンポは変わります。
こうした点は求人票からは読み取りにくい部分です。選考や面接の場で、法務が案件のどの段階から関与するのか、稟議や決裁はどのような流れで進むのか、直近の案件ではどれくらいの期間で結論が出たのか、といった具体的な質問をしてみることをおすすめします。
「クローズするまで帰ってくるな」──若手が任される仕事
大手企業のインハウスは、若手のうちは下積みばかりで大きな案件に関われない。そう考えている方もいるかもしれません。今回の取材では、若手に意図的に修羅場を経験させているという事例が語られました。
キリンホールディングスの執行役員・法務部長である村上様は、人材育成の方針を「枠にはめない」と表現します。
村上 やりたいことを、やりたいようにやってもらうというのが一番かなと思いますね。あまり枠にはめずに、いろんなことを経験してもらうということです。
あとは「修羅場を経験してほしい」と思っています。
さきほど話に出た八嶋なんかは、今年の初めにバーボンの「フォアローゼズ」という会社の売却を担当していたんですけど、「出張に行ってこい。クローズするまで帰ってくるな」という感じで送り出しました。彼も相当苦労したみたいですが、いろいろ思うところがあって戻ってきたんだと思います。
送り出された側の八嶋様は、その案件を「成長を実感した」と同時に「挫折した」経験として語っています。初めてのクロスボーダーM&Aで、ニューヨークの交渉の場に同席したときのことです。
八嶋 TOEICのスコアもそれなりに取って、ちょっとは自信があったんです(笑)。
でも実務になると全く歯が立たない。
ニューヨークに出張に行き交渉の場に同席する機会もあったのですが、ものすごいスピードで交渉が行われ、ドキュメントもどんどんアップデートされていく。
それについていくだけで本当にいっぱいいっぱいで、今まで自分がM&Aで積んできた経験が全く役に立たないなと感じました。
6ヶ月ちょっとの案件でしたが、最初と最後で全然違いますね。スピード感もそうですし、事業や案件への解像度が大きく変わりました。
「任される」ことは、放り出されることとは違います。梶川様は初めてM&Aの法務担当を務めたときの手探りの日々を振り返りつつ、周囲の支えがあったからこそ前に進めたと話します。
梶川 もちろん自分で情報に当たるのは前提ですが、その上でちゃんと意見を聞けば、しっかり返してくださる方々がたくさんいらっしゃいます。
そういう中で手助けをいただきながら、確信を持って進められたという経験があります。「自分で考えてやらないとダメだ」と突き放してくる人はいませんね。
やはり主体的にやっていこうという姿勢は大事ですが、その上で周りがしっかり助けてくれる環境です。怖さもあり、楽しさもあり、というところでしたね。
負荷のかかる場面は、M&Aの現場だけにあるわけではありません。日本ペイントホールディングスでは、法務がM&AのPMO(プロジェクト・マネジメント・オフィス。プロジェクト全体の進行管理を担う役割)として参画することも多いといいます。
藤原 複数のプロジェクトが並行して走っていて、それをPMOとして回していくというのは、正直「頭がちぎれそうなほど」悩みますし、本当にタフで、体力も精神力も鍛えられると感じます。
着地点を見出すことができた時に、事業部の方から「法務部がこういう風に入ってくれて本当に助かったよ、ありがとう」と言われると、本当にこの仕事を頑張っていて良かったなと思いますし、そういった日々の感謝が原動力になっていると思います。
年次に対して重い案件が回ってくるのは、キリンだけではありません。日本アイ・ビー・エムの田中様は、経営層との信頼関係があることで、担当できる案件の水準が変わると話します。
田中 こうした信頼関係が組織として確立されており、私のキャリア年次でも通常はシニア層でなければ携われないような経営レベルの案件に関与できているのは非常に恵まれた環境だと思います。
こうした責任は、キャリアの浅い時期から向き合うことになります。中小企業の顧問業務を中心とする法律事務所で約2年勤務した後、74期の弁護士としてミツウロコグループホールディングスに入社した工藤様は、上場企業の法務ならではの重みをこう語っています。
工藤 当社は上場企業ですので、M&Aをして組織再編をするようなプロジェクトでは社外からの目線を意識する場面があります。
そのため法務の目線からしっかりと適法性を担保できているかは、日々の契約審査よりも気を遣う部分だなと感じています。
そういった時にはプレッシャーと言いますか、責任を強く感じますね。
アドバイザーの視点|大手だからこそ、若手にも大きな案件が回ってくる
大手企業といっても、法務部門の人数は事業規模に対して決して多くありません。今回取材した会社でも、人数が明らかにされているところは11名から42名程度です。一方で、扱う案件は規模が大きく、クロスボーダーの取引や大型のM&Aも含まれます。
その結果として、若手であっても規模の大きい案件やグローバルな案件を任される場面が出てきます。これは規模の小さい会社では経験しにくい部分で、キャリアの初期にこうした案件に触れられることは、その後の選択肢を広げるうえで大きなメリットになります。
「Go to Gemba」──大手の法務はなぜ現場へ行くのか
法務部というと、机の上でパソコンと向き合っている姿を思い浮かべがちです。今回の取材では、法務が自ら現場へ足を運ぶことを組織の文化や制度として位置づけている事例が、複数の会社で語られました。
キリンホールディングスの法務部が合言葉にしているのは「Go to Gemba」です。
八嶋 法務部というとずっと机の上でパソコンと向き合っているイメージがあるかもしれませんが、弊社の場合は「Go to Gemba」を合言葉にしています。
現場に行って学ぼう、事業部との関係性も含めて築いていこう、ということで、私自身も実際に工場に行ってヘルメットを被って見学したりもします。そうすると圧倒的に案件や事業への解像度が上がるんですよね。契約書の読み方も全然変わってきます。
しかも法務が現場に行くと言っても、事業部の方々は構えずに「ぜひ来てください」というスタンスで歓迎してくれる関係性があります。
駐車場・カーシェア事業を展開するパーク24でも、現場に行くことは研修のプログラムに組み込まれています。執行役員・法務コンプライアンス本部長の佐藤様はこう説明します。
佐藤 法務コンプライアンス本部のメンバーも、入社後の研修として必ず現場に行きます。車両整備や駐車場の点検を行うメンバーと一緒に動き、現場がどうなっているかを見るんです。
日本ペイントホールディングスの法務部長・安藤様は、事業会社のもとに定期的に赴いて執務をする「法務デスク制」を、同社法務の特色の一つとして挙げています。
安藤 法務デスク制とは、事業会社のもとに定期的に赴いて執務をすることで、クライアントにサービスを届けることをかなり意識しています。
本日もこちらのフロアで、実際に執務しているメンバーがいます。
製造や店舗の現場を持たない企業でも、事業を理解するための仕組みは工夫されています。日本アイ・ビー・エムの大内様が挙げたのは、法務部員が自ら事業を学びに行く取り組みでした。
大内 日本IBM法務部では「法務はビジネスのパートナーである」という考えが深く浸透しています。そのため、ビジネス理解を深める取り組みが活発です。
最近では、法務部員一人ひとりが特定の事業分野を選び、その事業リーダーから直接話を聞き、法務部内でプレゼンテーションを行う企画もありました。単なるスローガンで終わらせず、実際に行動を通じてビジネス理解を深めていく姿勢が徹底されています。
現場に近づくほど、法務が向き合う問題の幅も広がります。YKK APのリーガルカウンセル・石井様は、メーカー法務を「日本の縮図」と表現しました。
石井 よくメーカーは「日本の縮図」だと言われるんですけれど、本当にそうだなと思います。
営業の最前線ではカスタマーハラスメントの問題があったり、工場では同僚間のトラブルや労務の問題があったり、建設現場では安全管理の問題があったりと、対応しなければならない幅が本当に広い。でもそれだけに、様々な経験が積めるという面白さもあります。
一方でグローバル展開も進んでいますから、国内の現場だけを見ていればいいというわけでもない。トップに近いところで海外事業戦略に関わる仕事ができるのも、日本の伝統的なメーカーならではの醍醐味だと思っています。
石井様はインハウスの役割を、法律を知っているだけでなく組織の中で機能させるところまで、という意味で「実装」という言葉で語っています。現場を知ることは、その「実装」の前提でもあるのでしょう。
石井 外部の先生は法律の専門家として最高の仕事をしてくださいますが、会社の現場をよく知っているのは私たちインハウスです。
法律の知識を現場の業務に落とし込んで実装していくことは、私たちにしかできない仕事だと思っています。
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「海外旅行に行け」──20代・30代でやっておくべきこと
若手時代に何をしておくべきかという問いには、法律そのものよりも、その外側に目を向けた答えが多く返ってきました。
村上様が20代・30代の法務パーソンに勧めたのは、たくさん海外旅行に行くことでした。
村上 いかに自分が狭いところに生きているか、世界中にはいろんな文化や価値観を持った人がたくさんいるということに、早めに気づくことが大事だと思うからです。
日本と違う雰囲気に触れることで、何かを感じることができるはずです。それは海外に対する心理的バリアを解き、海外案件が来た時もプロアクティブに仕事を楽しむことにも繋がります。
私は商社に入ってから海外を経験しましたが、「もっと20代のうちに行っておけばよかった」と今でも思います。
パーク24のグループ法務・知的財産部で15名のチームを統括する堀様は、システムエンジニアから専業主婦、弁護士へと歩んできた自身のキャリアを振り返り、「もっとやっておけばよかった」ことを二つ挙げました。
堀 社内弁護士として働くには法律だけ分かっていてもダメで、経営・ファイナンスの知識が必要です。ビジネス的な観点が常に求められるので、経営やファイナンスに関する勉強をもっとやっておけばよかったと、折に触れて思います。
あとは実践的な英語力ですね。読み書きはできても、いざ「明日から海外出張ね」と言われたときに何のためらいもなく行けるかというと、やはりそこは難しい。英語力も一朝一夕には身につかないので、もっとやっておけばよかったなと思うことはあります。
英語については、四大法律事務所と米国系事務所を経てルネサス エレクトロニクスに移った田子様も、同じ後悔を口にしています。
田子 法律とは直接関係ありませんが、ぜひ時間のあるうちに「英語の勉強」をすることをお勧めしたいです。
同じ弁護士であるはずなのに英語ができるかできないかで業務のスピードがこれだけ変わるということを痛感したんです。
やはり英語はツールなので、できるに越したことはありません。昔の自分に「早く勉強を始めろよ」と言いたいですね。
一方、佐藤様が重視するのは、知識やスキルの前にある「経験」の質です。自ら判断を下していく経験が、法務パーソンの成長を決めるといいます。
佐藤 これは法務コンプライアンスに限りませんが、自ら判断を下していく経験が非常に重要だと思います。
自分が下した判断がビジネスに影響を与えるとなると、真剣に考えますよね。上司の指示で言われたことだけをやっていればいい、というスタンスだと大きく成長しにくいのではないでしょうか。
例えば、私自身、前職でヨーロッパに赴任したときは、現地の法務責任者として最終判断を任されていました。プレッシャーもありましたが、やりがいがありましたし、学ぶことがとても多かったですね。
日本アイ・ビー・エムの田中様は、AIの普及を踏まえたうえで、残る力を二つに整理しています。
田中 法務パーソンに求められるのは、まずそれらの情報の正確性を見極める「基礎的な法的判断力」です。これは、法律事務所での実務経験などを通じて培われる力であり、AIを活用する時代だからこそ、その基礎力が一層重要になると感じています。
また、技術が進化しても代替できないのは「事業理解」と「産業への専門性」です。つまり、法務パーソンである前にビジネスパーソンであること。
30代の現役世代である梶川様は、「私もまだ悩んでいる立場」と前置きしたうえで、専門を一つに決め込まないことを勧めています。
梶川 一つのことに限らず、いろんなところをまず経験してみることだと思います。
私は今ガバナンスを担当させてもらっていますが、ガバナンスに留まることなく、ビールはもちろん飲料やヘルスサイエンスもそうですし、そういったいろんな業務を経験した上で、それらを統合した上で、今後自分がどうしていくべきかを、積極的に自分で考えて選んでいかないといけない時代になっているのだろうなと考えています。
アドバイザーの視点|挙がるのは「スキル」より「経験」
英語の必要性を挙げる方が多いのは、これまでの取材でも一貫しています。ただ、全体を通して印象的なのは、個別のスキルよりも「経験」を語る方が多いことです。
スキルは業務の中で確実に身についていくものである一方、そこからさらに価値を出していくために必要なのは、その背景にある経験だと考えている方が多いのではないでしょうか。転職の選考でも、何ができるかと同じくらい、どのような場面でどう判断してきたかが見られます。
「多様な分野、多様な地域」──大手で積める経験とは
最後に、大手企業の法務で得られた経験について語られた部分を並べてみます。今回の取材では、一つの専門に閉じず、幅を広げることで成長を実感するという声が目立ちました。
森・濱田松本法律事務所のパートナーから2020年にインハウスへ転じた本間様は、ルネサス エレクトロニクスの法務統括部が目指す環境をこう表現します。
本間 当社の法務統括部としては、できるだけ多様な分野、多様な地域、さらには法務外も含めて、さまざまな人たちとさまざまな機会を得ながら成長していくような環境を作っていきたいと考えています。
また、少しずつそれが実現できていると感じています。
法律事務所から企業へ転じた安藤様も、自身の成長実感が「専門性の深さ」から「幅の広さ」へと軸を移したことを率直に語っています。
安藤 法務の専門性という点では、やはり企業法務事務所の弁護士の先生方の専門性の高さは抜きん出たものがあると思っています。
一方、会社に転じると、そこまでの専門性はまず求められません。どちらかというと、法務に限らない幅の広さで知識や経験を広げることで、成長実感を感じてきました。
幅を制度として担保している会社もあります。日本アイ・ビー・エムでは、担当領域そのものが毎年入れ替わります。
大内 明確なチーム制はなく、1年ごとにローテーションが行われます。今年は公共事業と量子コンピュータを担当していますが、昨年は量子のみでした。法務部長が意図的に担当領域を入れ替えており、幅広い経験を積むことができるよう設計されています。
毎年ローテーションがあることで、新しい分野の知識を常に吸収し続ける必要があります。異なるビジネスモデルを理解しながら法務対応を行う点は、他社にはない日本IBM法務部の特徴だと思います。
「幅」は事業領域の広さとしても現れます。一般民事の法律事務所で6年勤務した後、35歳でミツウロコグループホールディングスに入社した近江谷様は、会社選びの軸そのものが「様々な事業を持っているか」だったと話します。
近江谷 特定の業務だけをやっている会社ですと経験が限られてしまうので、様々な事業分野を持っている会社の方が自分の可能性を広げられるのかなと思っていました。
北は北海道から南は九州まで日本全国にグループ会社があり、それぞれの分野について経験できました。
ただし、幅の広い経験は、必ずしも劇的な成長のエピソードとして現れるわけではありません。堀様は「一皮むけた瞬間」は正直ないとしたうえで、日々の積み重ねの中にある成長をこう語りました。
堀 子どもがいたり介護があったり家庭の事情があったり、いろいろな状況でそういう働き方ができない人もいます。私もどちらかというと、その場その場でコツコツと積み重ねてきたタイプです。
そのため「これを機に一皮むけました」というエピソードは正直ありません。ですが、少し背伸びをしないと解決できないような仕事を常に与えられる環境という点で、この会社に来てからの日々が自分を成長させているという気がします。
修羅場に送り出され、現場に足を運び、専門の外へ幅を広げていく。今回の取材では、そうして積み上げた経験が経営に寄り添う法務への土台になっている、という事例が見られました。ここで語られたのは7社の実例であり、大手企業の法務がすべて同じ姿をしているわけではありません。それでも、村上様の言葉を借りれば、法務の専門性を身につけたうえで、その法務を「いかに捨てるか」。その両方に取り組んでいる14名の言葉から、大手企業で法務に携わることの一つのイメージが伝われば幸いです。
アドバイザーの視点|語られるのは「深さ」ではなく「幅」
若手のうちから大きな案件を任される環境は、そのまま経験の幅につながります。法律事務所との違いを語るとき、専門性の深さではなく、扱う領域や地域の幅広さを挙げる方が多いのは、今回の取材でも共通していました。
ご自身のキャリアで「深さ」を伸ばしたいのか「幅」を広げたいのか。ここが整理できていると、大手企業のインハウスが選択肢として合うかどうかも見えやすくなります。
大手企業の法務・インハウス求人はアガルートキャリアへ
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記事を読んで大手企業の法務に関心を持たれた方は、ぜひ以下からお気軽にご相談ください。
この記事で紹介したインタビュー記事
- (村上様の記事はこちら)専門性を身につけ、いかに捨てるか──キリンホールディングス法務トップが説く経営に寄り添う法務
- (梶川様・八嶋様の記事はこちら)キリンホールディングス企業内弁護士が語る、M&A・ガバナンス経験と成長環境
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この記事の監修者
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